2001年12月24日 リカバリー(2)
右肩の状態はあまり変化が無くなった。これまでは、カーフレイズでおかしくしたのを除けば、日に日に回復の実感があった。が、今は悪くはならないが良くもならない。相変わらずプル・ダウンで痛みが出る。ベンド・オーバー・サイド・レイズも軌道を少しでもはずすと痛みが出る。デッド・リフトもフィニッシュで完全に肩を返せない。左肩はよくなってきているようだ。先週、インクライン・ダンベル・プレスで降ろしすぎて少し傷めたが、3日ほどでなんでもなくなった。痛みはあるが減少しているのだから、手術という考え方はしない方がいいのだろうと思い始めている。
ジムでのトレーニングを再開したのは8月20日である。記録によると上腕二頭筋と前腕、腹直筋、そして肩のリハビリをやっている。いずれも中学生の使うような重量だ。スタンディング・カールが2セットで、10kgと20kg、ダンベル・カールに至っては5kgと7.5kgである。肩のリハビリは内旋、外旋(いわゆるインナー・マッスルのトレーニング)と重量負荷なし、1.25kg、2.5kgのプレートを持ってのサイド・レイズ、フロント・レイズである。
医師は
「バイセップスのトレーニングは肩関節に負担がかからないからやってもいい。」
と言ったが、実は今でもそうなのだが、カールをすると痛い。カールをするときは、インクライン・カールを除けば肘が体幹よりも少し前に出る。その状態で下に荷重がかかり、そこから巻き上げていくことで肩関節が引っ張られるからでないかと思う。また、どんな解説書にも
「カールは動作の間中肘を動かしてはならない。」
と書いてある。医師もそれを念頭に置いていたようだし、私もずっとそうしてきた。だが、トレーニングができないでいるうちに「オリンピアへの道」シリーズのビデオを見た(生命保険からかなり保険金が下りたので・・・ ^^;)。すると、多くの場合フィニッシュ時点では肘が前に出ている。つらつら考えるに、これはピーク・コントラクションを得るためにわざとしているのだろう。私のバイセップスにはピークのかけらもなく、遺伝を云々する以前に何かしら問題があるのだと常々考えていたので、トレーニングに復帰したら是非これを試してみよう。というので試したら、痛い、痛い。痛いけど、ピークが欲しいので我慢して続けた。ちなみに、今ではどういうわけかアップの2セット目が一番痛い。なんでやろ?
9月17日、退院後3度目の診察を受けた。ここで、トレーニング全面解禁、ただし用心して、の許可が出た。早速翌日から脚のトレーニングを再開した。今、記録を見返してみて驚いたのだがカーフ・レイズに関して
「やり方によって右左痛い。」
と書いてある。分っていたのに11月にやってしまったわけだ。私は記録はつけるが、それを見返すことがほとんどない。前回の記録を見て、今やる重量や目標レップスを決めるだけで、それより以前の記録を見るということはしない。たまに見るべきだと反省した。ちなみに、脚のトレーニングではフロント・スクワットが実施不能、レッグ・プレスはプレートを積むのが困難だった。レッグ・プレス・マシンは45度であるが、プレートをプラットホームの真下に積むタイプである。かなり旧式で妙テケレンな出っ張りがあちこちにあり、プレートを胸に構えてしゃがみ上半身を捻ってバーにはめ込まないとならない。肩に負担がかかるのである。通常のスクワットでは問題が起きてないが、肩への負担を避けるためにかなり上に担いでいた。
この頃、トレーニング以外で問題になったのがポージングが痛くてできないことである。僧坊筋を立てたマスキュラーや、右のサイド・トライセップスできないのは当たり前としても、ラット・スプレッドで激痛、ダブルバイセップスでも痛みのために背中を広げることができない。以前、ポール・ディレットがインタビューで自分の背中が広がらないのは肩の手術を受けたためだと言っていたが、実感として頷けるものがある。それに第一背中がぜんぜんなくなってしまった。正直、愕然とするほどの筋肉の消失である。これまで、トレーニングをまったくしていなかった時期でもこんなに背中がなくなったことはない。これは単に広げることができなくなったので見かけ上そうなったのか、それとも本当に筋肉を失ったのか。実になんとも言えない暗澹たる気分になっていた。