2002年3月3日 主観競技

  既に3月だ・・・UP DATEをサボりにサボっているうちに、既に3月だ・・・
  オリンピックが終わった。星条旗だらけだった。外国人である私から見たら、なんだか変。太平洋戦争の頃の記録フィルムを思い出した。日の丸か星条旗かが違うだけだ。アメリカ人には大切なことかもしれないが、オリンピックはアメリカ人を喜ばすために開かれているわけではない。
  競技でもさまざまな問題が出た。最初はスノーボード(ハーフパイプ)だった。続いてフィギュアスケートで、それからスピードスケート・ショートトラック、それにフリースタイルスキー。ショートトラックはともかく、それ以外は審判の主観で判断される競技だ。それでもこれらの競技には技の難易度があり、技の成否は誰が見ても分る。その上、舞台がオリンピックだから大問題になる。そのあたりが同じ主観競技でもボディビルとちがうところだ。
  その問題の決着のつけ方はお粗末の一言だった。ショートトラックなどはもうやめると言っている。なるほどIOCとしてはそれで解決だろうが、問題が解決したことにはならない。フィギュアの金二つは最もやってはならない解決法だ。どんな競技もそうだが、審判の権威が落ちれば競技として成立しなくなる。出てしまった審判の裁定は、たとえ地球が砕けても覆されるべきでない。後で検証して審判に不正があったというなら、審判に罰を下しても結果はそのままか、それでだめなら試合自体不成立にするべきだ。不正でないにしても結果が受け入れがたいと言うなら、次回以降の試合に関して審判を入れ替えるなり、審判の技量を向上させるなりの対策をするべきであるが、終わった試合の結果を覆すべきでない。
  昨年はオリンピ“ア”のプレス・カンファレンスでも例年のとおり審判への不満が爆裂し、そして例年に無く激しい口論になったそうだ。あれこれと下種の勘繰りをしながら眺める分には面白いが、それでどうなるものでもない。ボディビル・コンテストはすべてが主観で評価される(フィギュア・スケートのジャンプのように、そのときに成否が出る「技」は無い)。審判も主観で評価するが、当然にして選手やその取り巻きも主観で自己評価するし、観客もする。そこには必ずギャップがある。
  コンテストの結果は1位だけが満足で、それ以外は多かれ少なかれ不満や落胆がある。選手の立場ではそれを言っても得ることは少ない。それで終わってしまったコンテストの順位が上がるわけでなし。次のコンテストも同じ審判なら、心証を悪くする分不利ですらある。それでも、IFBBのプロたちが「物言えば唇寒し」でないのはいいことだ。どこぞの国の某団体では議論すら難しい。こんなことではボディビル自体が衰退していってしまう。いや、もう地方では衰退が始まっている・・・。

余談
  な〜んじゃ、あのオリンピアのビデオは。ナメてるのか。前後に入ってる宣伝映像の方がいいじゃないか。ポージングしてるボディビルダーを後から映してどないすんねん。顔のアップなんか撮ってもしょうがないだろうが。首から下で勝負しとるんじゃ、ビルダーは。挙句の果てに最前列で見ているあの老夫婦のアップを何回も入れやがって。そんなもん、見とうないわい。