2003年4月27日 ワン・ハンド・ロウイング

   ついに、悪戦苦闘の末、苦心の図が完成した。それではお待ちかねの(でもないか・・・)シリーズを開始しようかい。

大前提
 このシリーズをご覧いただくにあたって、必ず留意していただきたい大前提がある。この大前提は、どれほどしつこいと言われようが、くどいと嫌われようが、毎回冒頭に掲げる。

1 このシリーズで用いる図は、見れば分かるとおり写実的なものでもなければ、解剖学的に正確なもでもない。が、それ以上に重要なことは、あくまで
「実際にトレーニングをしている人の頭の中で思い描かれるべき図」であるということだ。けっして
「客観的に外からみたら、こう見える」という図では
ない。

外から見た図、すなわち、トレーナーにとって必要なことを述べる企画ではなく、実際にトレーニングするトレーニーを念頭に置いた企画である。大切なのは、自分がトレーニングするとき、必ず頭の中に理想のトレーニングがあって、それを身体で実行することだ。

2 私の所属するジムは30坪ほどのスペースに基本的な器具しかないジムである。また、私は肩、右膝、右肘、両手首に故障を抱えている。特に肩は手術歴がある。したがって、ここで展開される論はそういう制約条件の下でのこととご承知おきいただきたい。具体的な制約条件は、そのつど申し上げる。

 では、本題に入る。
1 ターゲット
 ウェイト・トレーニングの根本原則に、アイソレーション・トレーニングがある。人間の身体にはさまざまな防衛機制が働くが、ある仕事を実行する(この場合は、ある質量のモノに位置エネルギーを与え、その位置エネルギーが放出される際に、それを妨害する仕事)にあたって、身体全体の筋群に負荷を分散し、その仕事によって特定の筋群が大きなダメージを被るのを避けるようにできている。ウェイト・トレーニングはこの防衛機制を否定するところに成立している。必ず、ターゲットとする筋群があって、それ以外の筋群が仕事に関与するのをできるだけ避けることに、トレーニング・フォームの要点がある。(念のために言っておくが、コンパウンド・トレーニングを否定しているのではない。それとは別の問題だ。)
  さらに、その筋群の中でも特にどの辺りという狙いを絞ることもある。広背筋のトレーニングではよく「広背筋下部を意識して」という言い方をする。その言い方自体に文句は無いが、その前に、広背筋とはどこのことかはっきり意識しているかどうか考えてみる必要がある。広背筋は、考えようによっては、背中の下部外側の筋肉と言えないこともない。そう考えると、「広背筋の下部」ではなくて、「背中の下部外側」を意識すべき、とも言える。
 ならば、広背筋を鍛える種目であるロウイングは、すべて「背中の下部外側」に意識をすべき、となるが、ことさらにワン・ハンド・ロウイングに何を求めるのか。ワン・ハンド・ロウイングはロウイングのなかでももっとも稼動範囲の広い種目である。つまり、広背筋をもっとも収縮させる(コントラクトさせる)ことのできる種目である。ただし、ストレッチ方向になら、フロア・プーリー・ロウの方が大きいので、現実に「稼動範囲」がどっちと比べたらどうかな、とは思う。
 そこで、ワン・ハンド・ロウイングに求めるのは、第一にしっかりとピーク・コントラクションを得ること、第二にできうる限りストレッチすることだ。特にピーク・コントラクションを得ることで、広背筋の中でも内側=脊椎起立筋に近い辺りを刺激することができる。これこそ、私が求めているターゲットである。(図−1)

                          

2 動作
 動作についていまさら説明を要しないことは省略するが、私はフラット・ベンチに片膝ついてやる方法を好んでいる。この方が腰にかかる負担が少なく感じるし、チーティングも使いにくいからだ。図−2のように、膝をつくほうの足は足首から先がベンチから落ちる。さらに、ベンチについている手の肘はロック・アウトしない。こうすることで、腰が捻じれて痛みを起こすのを防ぐことができる。捻じれによるストレスを上腕三頭筋と大腿の筋群で吸収してやるわけだ。また、図−2からは分からないが、ベンチについている手の指はすべてベンチから落ちる。掌底の部分だけがベンチについている状態にしているが、これは手首を守るためである。

       

 上の3枚の図は、ピーク・コントラクションの説明である。少し見にくいが、図−3に矢印が二つあることに注意していただきたい。図−4が上の矢印の終点を表し、図−5が下の矢印の終点を表している。完全にストレッチしたポジションから弧を描くように、できるだけ大腿の付け根に近いところに引いてくる。ここまでの動作も、無論広背筋で行い、その結果として開いていた肩甲骨が寄るのであるが、ダンベルのプレートが腹にぶつかったところで、それ以上広背筋を収縮することができなくなる。しかし、これでは完全に広背筋を収縮することができない。そこで、ダンベルを斜め後方に放り出してやるような感じで広背筋をより収縮させてやる。動作としてはダンベル・スロー・アウェイを、肘の角度を維持したままで行うことになり、感覚的には、まさに斜め後ろにダンベルを放り投げるような感じである。

  図−6はピーク・コントラクションのやり方を頭のほうから見た図である。真っ直ぐ引いてきてダンベルが腹にぶつかったら、そこから肘の角度を変えずに広背筋を使ってダンベルを斜め後方に放り投げるようにする。上腕三頭筋のダンベル・スロー・アウェイは当然にして上腕三頭筋を使って放り投げるのであるが、この場合は上腕三頭筋を放り投げる動作に関与させないように注意する。そうすると、反対側の膝と手をベンチについている以上、広背筋を使うしかなくなる。
 ピーク・コントラクションを得る時間であるが、一瞬である。やってみれば分かるが、トップ・ポジションで停止するためには、アップで使っている程度の重量まで落とさないといけない。もちろん、そこまで軽くして特にコントラクトさせることを狙うというやり方もあるが、そこまでして停止を維持する必要もないと思う。一瞬で十分に効果が得られるし、また、一瞬でもやらないと効果が得られない。少なくとも、広背筋下部には効果が得られない。
 続いて、ネガティブ動作でのストレッチの方法である。私はセットの最中にスタティック・ストレッチが入るようなやり方は間違いだと思っている。セットの最中は、どれほどストレッチが大切な種目であっても、ストレッチしたポジションで動作が止まってはならない。力が抜けている状態になるからだ。だから、背中の種目で肘間接をロック・アウトしている状態を長い時間続けることはあり得ない(この場合の長い時間とは「一瞬よりも長い時間」である)。
 また、ワン・ハンド・ロウイングに限らず、背中の種目でウェイトによるストレッチ=重力まかせのストレッチをすることもない。これもやはり、力が抜けている状態になるからだ。それに、このやり方は、「ウェイトを上げ下げするレベル」のトレーニーの方法である。ウェイトが上下するのは結果に過ぎない。ターゲットとする筋群を収縮・弛緩させるのがウェイト・トレーニングの目的なのであって、ウェイトを上下するのが目的ではない。初めのうちは動作を覚えるために、やれ引けの押せのと言うが、ある程度のレベルに達したら、意識がウェイトにあるようでは良くない。意識はあくまで筋肉になければならない。
 で、ワン・ハンド・ロウイングでどうストレッチするかというと、図−4のポイントに戻ってからストレッチが始まる(そこまでは黙っていても戻る、なぜなら図−5のポジションはほとんど保つことができないのだから)。そこから広背筋をストレッチしてやる。分からないって?つまり、ダンベル=重力や、腕で(腕がリードする感覚で)ストレッチするのではなく、広背筋自体をコントロールしてストレッチしてやる。難しければ、「寄せていた肩甲骨を開く」と考えても良い。意識の上では腕もダンベルもない。表現としては矛盾しているが、「広背筋で押してやる」ような感覚である。
 「押してやる」というのは、真っ直ぐダンベルを下ろした位置よりも前(頭の方)へ意識的に下ろしてやるような感覚があるからだ。現実に降りている位置は、あるいは真っ直ぐ下なのかもしれないが、感覚的にはそれよりも前である。そうすることによって、重力にただ逆らっているのではなく、意識的に筋肉を稼動して下ろすことができる。

3 効果
 軽い重量でやってみると、図−1で示す位置にストレスを感じることができる。ところが、重量を上げていくと感じることができなくなってしまう。それでも、このやり方に固執してやると、翌日に狙ったところに筋肉痛を得ることができる。ちょうど背中の下部、腎臓よりは上の辺りの、肋骨の背中側の上というか表面というか、その辺りに筋肉痛が来る。筋肉痛を効果のバロメーターにすることは必ずしも正しくないが、少なくともこのやり方が狙った部分にストレスを与え得るということは確認できる。

4 「ことば」で表す
 私はクリスチャンではないが、「はじめにことばありき」というのは、人間の真実である。人間は「言葉」という不完全な道具を使ってしか物事を理解できない。物事を言葉を介さずに理解できるなら、それはもはや人間ではない、神である。このことは、このページの主題とは関係ないのでこれ以上言わないが、そう思うから私はトレーニングについても極力言葉で表すことにしている。※注
 で、ワン・ハンド・ロウイングを言葉で表すと以下のようになる。

「まず、掌底と膝をついて足首を落とす。腰への衝撃は上腕三頭筋と大腿で受け止めよう。オーバー・グリップで握って、真っ直ぐの位置から大腿の付け根に向かって引き、腹にぶつかったら肘の角度を維持して上腕三頭筋を殺したまま、広背筋を使って斜め後ろに放り投げる。ピーク・コントラクションは一瞬だ。ネガティブは意識的に広背筋をストレッチしてやる。真っ直ぐ下ではなくて、頭のほうへ押してやるような感覚だ。」

注意していただきたいのは、ダンベルも、上腕二頭筋も意識の中には出てこないこと。現実には「オーバー・グリップで握る」のはダンベルであり、腹にぶつかるのも、斜め後ろに放り投げるのもダンベルであるが、あくまで意識は広背筋になければならない。意識がダンベルにあるうちは、「ウェイトを上げ下げするレベルのトレーニー」を卒業できていない。

※注解 当ページを公開当初はここに「例えば私は、リバース・クランチをヒップ・レイズと呼んでいる。その方が動作が分かりやすいからだ。こう呼んでいれば、動作を間違って、腹筋を鍛えるつもりがカーディオになってしまうということがない。」という文章入っていた。しかし、リバース・クランチとヒップ・レイズはまったく別のトレーニングであり、私の勘違いであった。そのため、上の文章は削除することにした。申し訳ございません、お詫びして訂正します。詳細はヒップ・レイズのページを参照してください。2003年8月24日

5 その他の事ども
 実際にやってみていただければ、すぐに理解していただけると思うが、これは200ポンドのダンベルではできない。誤解のないように願いたいのだが、私はヘビー・ウェイトを使ったトレーニングを否定しているのではない。では、なぜこんなことを考えたのか?私のジムには重いダンベルが無いのだ・・・32.5kgまでしか、無いのだ・・・だから、ワン・ハンド・ロウイングは必ず3種目以降になるし、やり方もこうなる。
 今月の月ボで小沼さんがワン・ハンド・ロウイングの解説をなさっている。私とはターゲットとする部分が少し違うように思うが、さすがと唸るばかりで、早速試してみようと思う。ただ、一読して思うのは、肩甲骨のコントロールが上手くできない人には実践するのが難しそうだ、ということだ。これは、背中の種目すべてに言えることで、また、肩甲骨のコントロールができないから背中が思うように発達しないということも言えるのではないだろうか。背中の発達に悩む人には、一度使用重量を半分以下に落としてみることをお勧めする。セットの最中に、ターゲットとする部分にストレスを感じることができるかどうか。それができるフォームが正解のフォームなので、そのフォームをしっかりと感覚的に掴んでから、再び重量を増やしていくと良いと思う。