2003年8月24日 ヒップ・レイズ
大前提
このシリーズをご覧いただくにあたって、必ず留意していただきたい大前提がある。この大前提は、どれほどしつこいと言われようが、くどいと嫌われようが、毎回冒頭に掲げる。1 このシリーズで用いる図は、見れば分かるとおり写実的なものでもなければ、解剖学的に正確なもでもない。が、それ以上に重要なことは、あくまで
「実際にトレーニングをしている人の頭の中で思い描かれるべき図」であるということだ。けっして
「客観的に外からみたら、こう見える」という図ではない。外から見た図、すなわち、トレーナーにとって必要なことを述べる企画ではなく、実際にトレーニングするトレーニーを念頭に置いた企画である。大切なのは、自分がトレーニングするとき、必ず頭の中に理想のトレーニングがあって、それを身体で実行することだ。
2 私の所属するジムは30坪ほどのスペースに基本的な器具しかないジムである。また、私は肩、右膝、右肘、両手首に故障を抱えている。特に肩は手術歴がある。したがって、ここで展開される論はそういう制約条件の下でのこととご承知おきいただきたい。具体的な制約条件は、そのつど申し上げる。
0 プロローグ
う〜む。今回の図は難しかった。いまさらながら自分の絵心の無さにあきれるが、そもそも外から見れないし、人がベンチに仰臥している姿勢などそうそう見ることもない。第一、こんな危険なトレーニング(腰に強い負担がかかる)をする人は、まあいないだろう。図は、いつもそうだが、いつも以上に解剖学上不正確だということを念頭においていただきたい。
それから、私は最近までリバース・クランチを誤解していた。私が「ヒップ・レイズ」と呼んでいるトレーニングのことを世間ではリバース・クランチと呼んでいるのだと思っていたが、明らかに間違いだった。私のヒップ・レイズは世間で言うところのレッグ・レイズの強ストレッチ・ヴァージョンであると思っていただけると、大きな間違いにならない。1 ターゲット
プロローグで述べたように、これがレッグ・レイズのヴァージョンである以上、ターゲットは腹直筋のストレッチである。ストレッチ・ポジションで腹直筋に負荷をかけることがターゲットだ。通常、その目的にはハンギング・レッグ・レイズが推奨されているが、2つの理由から私はやらない。まず、第一に肩が痛くてできない。肩の健康な人は分からないかもしれないが、ハンギング・レッグ・レイズは姿勢を維持するために三角筋、僧坊筋、大円筋、脊椎起立筋などがかなり使われている。そのため、単純にぶら下がっているのとは比べ物にならないほど大きなストレスが肩関節にかかる。私は3レップスもやれば肩関節に刺すような痛みが出て続けられなくなる。第二に、この動作では腹直筋は完全にはストレッチされない。腹直筋は後方に(のけぞる方向に)25〜30度動くが、ハンギング・レッグ・レイズでは後方には0度である。(なお、私のジムにはニー・レイズ・スタンドは無い。)
雑誌を見ると「Q フラット・ベンチの端に腰掛けて行うレッグ・レイズは腹筋に効果がある。A ×」などという記事が載っている。これは当たり前だ。ベンチに腰掛けた状態からレッグ・レイズをしたのでは、腹直筋はほとんど動かない。せいぜいアイソメトリックに緊張する程度だが、それも動作のごく一部分でのことである。そこで、フラットベンチでやるならリバース・クランチということになるのだが、クランチはコントラクト種目であって、これまたまったくストレッチされない。で、考え出したのが、このヒップ・レイズである。2 動作
まず、図−3を見てもらいたい。この種目の要点は腹直筋をストレッチすることであるから、スタート・ポジションではのけぞった姿勢にならなければならない。そこで、ベンチに仰臥するとき、尻を完全にベンチの端から落として(出して)仰臥する。具体的には、ベンチの端にしゃがんで腰と尻の境目の辺りをベンチのクッションの角に当てる。それからベンチに仰臥する。ベンチのクッションが堅いときは、クッションをはさむ。これを怠ると、角に当たる部分の皮膚をすりむいたり、やけどしたりするので要注意だ。尻が完全にベンチから落ちるということは、スタート・ポジションでは体重のかなりの部分がベンチの外にあるということだ。だから通常のフラットベンチでやろうとすると、ベンチごとでんぐり返ってしまう。ラックのついたベンチにバーベルを置いて、その端でやるしかない。体重75kgの私が40kgのバーベルで大丈夫だから、大概の人は60kg程度のバーベルで大丈夫だと思う。頑丈なオリンピック・ベンチならバーベルは要らないだろう。心配なら自重と同じだけセットすればいい。
ベンチに仰臥したら頭上に手を伸ばし、ベンチの端を両手で掴む。続いて、膝を伸ばし踵を床から浮かせる。このとき大切なことは2点ある。腹直筋がストレッチしていることと、膝関節がロック・アウトしていないことだ。膝関節をロック・アウトさせると腰を痛めるので、くれぐれも注意していただきたい。これは動作の間中ずっとそうだ。なお、図-1では膝関節がロック・アウトしているように見えるかもしれないが、それは絵が下手だからである。図-1のスタート・ポジションから尻を上げていって、図-2のフィニッシュに至る。
足を上げるのではない、尻を上げるのだ。
腹直筋の動きに足は関係ない。レッグ・レイズと呼ばれるトレーニングが腹筋に効かない理由はここにあると思う。名前が悪い。腹直筋は大腿を胸に近づけるためにあるのではないのだから、足を上げたって下げたって効かないのは当たり前だ。
動作をさらに正確に言えば、「腹直筋で尻を引っ張り上げる」となる。あくまで、腹直筋が動くのであって、その結果として尻が上がる。尻が上がるからどうしても足も上がるのに過ぎない。
では、足はどういう状態になっているのが正しいか。どうでも良い。足はウェイトに過ぎないのだから。ただし、前述のように腰を守るために膝関節はやわらかく使う必要があるが、足がどうであるべきなどとは決して考えないほうが良い。膝の角度が変わろうが何しようが、腹直筋への刺激に違いは出ない。
足について考えながらやると、もう1つ害が出る。意識が腹筋ではなく足に行ってしまうことだ。図-2で足が破線になっているのは、足は意識の外に追放しろという意味である。足について意識することは、膝をロック・アウトしないことと、スタート・ポジションに戻ったときに踵を床に付かないことだけだ。動作の最中どんな形になっているかなんて考える必要は無い。
フィニッシュの時点ではどうなるかというと、腰がほんの少しベンチから浮く。ベンチから浮かない時点をフィニッシュにしてしまうと、腹直筋が完全にコントラクトしない。逆に、大きく浮かしてしまうと腹直筋から力が抜けてしまう。腹直筋は直立姿勢から前後に25〜30度しか動かない。だから、腹筋のトレーニングは動作を大きくすればするほど楽になり、カーディオになってしまう。
フィニッシュ時点で止める必要は無い。ほんの一瞬、腰がベンチから浮けば良い。フィニッシュ時点で止めようとすると、必然的に動作が大きくなり腹直筋から力が抜けることにつながってしまう。ヒップ・レイズはストレッチ種目である。コントラクトしたいなら、クランチをやれば良いし、ひとつの種目で稼動範囲のすべてにストレスを得たいならば、アブ・ベンチ・クランチかローマン・ベンチ・シット・アップをやれば良い。この種目では、あくまでストレッチ・ポジションでのストレスを期待して行うのである。
ネガティブ動作はゆっくりやるにこしたことはないが、それほど意識する必要は無いと思う。過度にスローにしようとすると腰を痛める危険もある。もちろん、重力のままに落とすと、それはそれで腰を痛めるので、動作は全体にやわらかく行うことに留意すると良いと思う。スタート・ポジションでは踵を床に付けないことがコツである。それほどこだわらなくても良いのだが、その方が腹直筋へのストレスが大きく感じられる。
最後の最後、苦しくて続けられなくなったときは膝を大きく曲げて、尻がベンチより下に落ちる前に床に足の裏をつけてセットを終わりにする。これも腰を守るためである。くれぐれも最後のレップで踵を床に叩きつけるような終わり方をしないこと。腰がぶっ壊れる。3 効果
腹筋はヘビー・デューティーな筋肉だ、などと雑誌には書いてある。確かにその通りだが、出力の大きい筋群ではない。ごく小さい出力を繰り返し出すことができるという意味で、ヘビー・デューティーなのである。だから、自分の足程度のウェイトでも、ぶっ壊れるぐらい効く。最初の10レップスぐらいまでは、ぜんぜん腹直筋に効いている感じが無いかもしれないが、その後2〜3レップスで急に激しい苦痛が腹直筋に襲い掛かってくる。20レップスもやれば、もう上げることができなくなる。もし、初めてやって20レップス以上簡単にできるようなら、やり方が間違っている。どうしても20レップス以上やらないとやった気がしないというなら、動作を大きくすればできる。腰を大きく浮かしてやるのである。もっとも、そんなやり方には何の意味も無いが。4 「ことば」で表す
「尻を完全にベンチから落として、腹直筋をストレッチしたポジションを作る。両手を頭上に上げ、ベンチの端を掴む。膝の関節を緩めて、動作の間中やわらかく使おう。踵を少し床から浮かした時点から動作を始める。動作を始めたら足は意識から追放して、腹筋で尻を引っ張り上げることに集中する。腰(背中の下部)がベンチから離れたら一瞬止めて、動作を反転させてネガティブに移る。腰が浮くのは一瞬だ、大きく浮かせるとかえって効果が無くなる。ネガティブはゆっくりやるのにこしたことはないが、そんなに意識する必要も無い。踵が床につく前にとめて、再び尻を引っ張りあげる。
最初の10レップスぐらいはあまり腹直筋に効いた感じは無いが、すぐに激しいストレスと疲労が感じられるようになる。最後は膝を曲げて尻がベンチより下の位置に落ちる前に足の裏を床につけて、セットを終了する。」5 その他のことども
このヒップ・レイズはフル・レンジ・モーションのトレーニングではあるが、ストレッチ・ポジションにターゲットを置いている。したがって、コントラクト種目と併用しないと、腹直筋のトレーニング・ルティンとしては未完成だ。クランチを併用することをお勧めする。
私はオフには腹直筋のトレーニングを週に1回、しかも合計4セットしか行わない。このヒップ・レイズとロープ・クランチであるが、木曜日にやって、今日日曜日でまだ筋肉痛が取れない。ただし、頻度を増やすと筋肉痛の回復は早くなる可能性がある。
実際にやってみると、最初の10レップスぐらいは手応えが無いというか、腹応えが無いというか、とにかく効いている感じがしないし、稼動範囲も狭すぎるような感じがする。しかし、そこを我慢して続けていると12〜15レップスあたりになってキョーレツな痛みが腹直筋を襲い始める。2セット目には10レップスがやっとという状態になる。もしそうでなければ、どこかに間違いがあるはずである。間違いで多いのは、腰を浮かせすぎることだ。どうしても稼動範囲が狭い感じがして、ついつい腰を大きく浮かせてしまうが、そうするとトップ・ポジションで必ず腹直筋から力が抜けてしまい、効果が半減する。実際、レップス数も倍以上多くできるようになる。中途半端な気がしても、腰がベンチから離れるのを感じた瞬間に止め、すぐさま動作を反転させないといけない。
身に覚えのある人は既にお気づきと思うが、腰に問題のある人はやってはいけない。