2000年3月12日 カモシカなべ
ニホンカモシカをご覧になったことがあるだろうか?天然記念物であり、一時は絶滅の危機に瀕していたが、保護の結果最近は増えすぎて農作物への食害が増えている。がたいがでかく、ずんぐりしていて、色はねずみ色である。大きいのになると体長は人間の身長をゆうに越える。角もあるし、体当たりを喰わされたら人間の方が吹っ飛ばされてしまう。
私が卒業した高校は出羽山地の入口にあり、よく校庭をニホンカモシカが走り回っていた。夏にはプールに飛びこんで大騒ぎになったこともある(四足の草食獣は人間の作ったプールにはまると自力では上がれなくなる)。学校の周辺には等身大のカモシカの看板があって「カモシカ注意」と書かれているが、ある時その看板が動き出して腰を抜かした奴がいる。看板だと思っていたのが本物のカモシカだったのだ。
名前はシカでもカモシカはウシ科の動物である。さぞや肉の方も美味いのだろう。絶滅しかかったのもそのせいなのだろうし、一遍食ってみたいものだ。などと考えていたら、世の中には乱暴な奴らがいるものでそれを実行してしまった連中がいる。
犯人は営林署の作業員、犯行現場は作業用の山小屋で、被害者は山小屋の近くで怪我をして動けなくなったメスである。おそらくこんな会話が交わされたのであろう。
「なんとす、こい?(このカモシカ、どうしょう?)」
「くが?(食うか?)」
「いなだが?(いいのか、そんな事して?)。」
「いべぇ。(構わねぇだろう。)おい下りで野菜買ってくるがら、おめぇがたばらしといでけれ。(俺が山を下りて野菜を買ってくるから、お前らでカモシカを解体しておいてくれ。)」
「さげねがったんでねが。(酒切らしてるんじゃなかったか。)忘いるなや。(酒を忘れないでくれ。)」
「わがってって。(分かってるって。)」
そんなわけで、犯人たちの酒宴は滞り無く行われ、腹に入らなかったカモシカの残骸は埋めてしまえば誰もこの犯罪を知るものは無い。犯人たちはカモシカなべを肴に完全犯罪の美酒に酔っていたことだろう。しかし、犯人たちは大きなミスを見落としていた。こんな山の中での出来事だ誰も知るまいと思っていたのだが、どっこい目撃者がいたのである。
県警に目撃者から通報が。
「山の中の、車でねば行がれねいんたどごで酒飲んでるやづがだいるす。(山の中の、車を使わなければ行けないようなところで酒を飲んでいる奴らがいます。)やづら、帰り、まぢがいねぐ飲酒運転だすよ。(奴らは、帰りは間違いなく飲酒運転ですよ。)」
秋田県は全国でも有数の飲酒運転県である。たちまち色めき立つ警察署。すぐにパトカーが急派された。駆けつけた警官たちが犯行現場で発見したものは無残なカモシカの残骸であり、犯人たちは天然記念物殺害のかどで取調べを受けることに。
なお、 カモシカなべが美味かったかどうかの報道は現在に至るもなされていない。