2000年4月9日 病猫
3月31日金曜日のことである。
朝8時20分頃、いつもより遅く出勤しようとして外に出た。アパートの前の路上に黒猫がいる。動かないので死体かと思って近づくと、微動だにしないまま鳴き声を上げ始めた。少し声がおかしい。かがんでよくみると、外見もおかしい。通常、猫は腹を下にしてうずくまるとき身体の下に前足を入れている。すぐに飛び起きることができるようにである。ところがこの猫は左の前足を横にだらしなく放り出している。頭も顎を道路につけており、両目とも閉じている。
だが、それ以上に異常なのは皮膚の色である。肩から後は見事な黒猫なのに、肩から前は鼻の先まで真っ白で、毛がほとんど抜けている。よくよく見ると、真っ白なのはびっしりと黴が生えているためだった。
私は途方に暮れてしまった。出勤しなければならない。猫は公道の端の側溝の蓋の上にいる。だが、それは私が借りている駐車場の脇であって、ちょうど運転席の横である。公道は狭く中央線もない小路で、交通量も結構多い。このままなら踏み潰される心配はないが、もう30cmも車道よりに出たら危ない。
とりあえずどこかに移そうと思って抱き上げようとしたらふぎゃあ!
と絶叫する。そしてよろよろとクビをもたげ、少し前足を動かすのだが、それ以上動けないし目も開けない。私はやむを得ず放置したまま出勤し、市の犬猫相談に電話した。引き取りに行くから、それまで保護していてくれと言う。困った。「立ち会ってくれ」といわれたのならば、「市民の義務は通報までだ」と突っぱねるのだが、保護してくれと言われたんじゃあ・・・何しろまだ生きているのだし断ることもならない。仕方なく上司に事情を説明して、アパートへ引き返した。
戻ってみると猫は30cmほど車道の方に移動している。このまま放置していたら間違いなく夕方までには踏み潰されているだろう。市の担当者は3分ほどで到着した。一目で病気だという。真菌類にやられたのだ。手袋をした担当者が猫の絶叫を無視して持ち上げると、右足の付け根のあたりに皮膚が剥げて肉が露出しているところがあった。ここから真菌類が侵入したらしい。ほとんど動けないところを見ると表面だけでなく脳も中枢神経も冒されているのだろう。安楽死させる以外ないという。
担当者は、この状態の猫が夜のうちにここまで自力で来るはずがないから、誰かがここに捨てていったのだろうと言う。私もそう思う。私が見たって安楽死させるしかない状態だし、黴にやられていない部分を見ると尻尾も真っ直ぐだし見事な黒猫で、とても野良猫とは思えない。金曜日はこの辺りの燃えるゴミの収集日でもある。
生き物を飼うならそれなりの覚悟を持つべきだ。それは自ら手を下して安楽死させるほどの覚悟であるべきだと思うが、そこまでしなくても、市なり、獣医なりに訊いたら対処の仕方ぐらい教えてくれるだろうが。それができないというなら25万円出してAIBOでも買うんだな。猫を抱き上げようとしたときしていた皮の手袋を廃棄処分せざるを得なかった。くそったれめ。