2002年1月14日 卑小な、矮小な

    1日早く那覇市で成人式があって、7人の逮捕者が出た。馬鹿げた話だと思う。そもそも、観光産業とやらに日銭を稼がせるために法律で日にちをずらすことができる程度の祝日だ。その式典など屁みたいなもんだ。そんなもののために前科1犯になるなど、愚の骨頂だ。もう海外旅行もできないぞ。
  それでも逮捕された連中には大したことでないのだろう。最近の若い奴らはやたらに卑小に見えるのはどうしてだろう。私の頃も未熟で馬鹿であったことに変わりはない。でも、若い者は外へ外へと向かったものだった。田舎の連中は都会へ、都会の連中は外国へ。今の奴らと来たら「地元っこ」などと称して、自分の実家の周りにへばりついている。そんな奴らに外国のビザが貰えなくなるなどと言っても、何のことかも分らないだろう。コイツラは与えられた条件の中でしか生きていけない。条件を与えられないと生きられない。ここに生まれたから、この親の子だから、この家に住んでいるから。すべて所与の条件だ。みずから条件を選び取ることができない。
  何でも那覇市では成人式で新成人が、出身中学ごとに集まって酒を飲んで乱暴狼藉を働くのが伝統なそうな。他の地域の伝統を云々するのもどうかとは思うけれど、なんて年寄り臭いんだ。友達を大切にするのも、地元を大切にするのもいいけれど、二十歳ぐらいでやることと違うだろう。せっかく大勢が集まっているのに、出身中学ごとに集まって飲むのが楽しいなんて。そういうのが楽しくなるのは60歳ぐらいからでたくさんだ。
  どうしてこんな矮小なことが流行る世の中になってしまったのだろう。いつまでも実家にいて職にも就かず悪さばかりしている。そんなのは負け犬と決まっていたのに。親も悪い。コイツラの親の世代ときたら、自分たちは核家族化と称して親とは別居して暮らしていながら、自分の子供は手放すまいとする。子供の人生を支配しようとする。わがままの極みだ。だから、いつまでも実家に居候するのを容認しつづける。悪さをする軍資金を出しつづける。親の方が早く死んでしまうのに、子供の人生を台無しにして省みるところが無い。
  地公体もそうだ。若者が地元に定着する政策とやらを必死に喧伝している(ただし、喧伝するだけで実効を挙げてないが)。外に出て行く甲斐性の無い若い者なんぞ、残ったところで役に立たない。日産の中古車を車高短にして、ダッシュボードに毛皮敷いて走り回るだけだ。
  社民党のようになんでも世の中が悪い、政府が悪いで終わらせると問題の解決にならない。社会が閉塞しているのが原因の一端であることは間違いないが、社会はその成員によって決まるのだ。閉塞状況にあれば、若い者は暴発する、いや、した。間違いなく、団塊の世代は若い頃に暴発した。しかし、それは失敗した。だから、彼らは異常なほど保守反動に走ったのか。保守反動思想の本質は怠慢でしかないのに。そして、こんなに閉塞した老害社会を作ってしまったのか。私はその下の世代にあたる(団塊と団塊ジュニアの間)。私(の世代)にも罪がある。無批判に人為的に作り出された「バブル」の中で遊び呆けて大人になった。私の世代には、それが悪いと知っていたとしても止めることは不可能だったが、だからと言って無罪じゃない。おかげで贅沢に生きてきたのだから。
  今、現役の30代、40代には選択肢がない。公称六百数十兆円、現実には900兆円を越える借金を背負っているのだ。もはや選択肢がないのだから、苦しんで、命を削って返済していくしかあるまい。返済して、次の世代に、子供たちに、せめてフリーハンドを握らしてやりたい。なのに・・・
  未来の暗さを暗示する、若い奴らの体たらくは残念だ。