ファイナル・コンタクト

第8章

 

  一は黙ってディスプレーを睨んでいた。俄かには信じ難い話だったし、信じたくもなかった。人工頭脳なんぞに支配されていたなどと。王は続けた。
「阿蘇部族は三つの部族が連合して国を作っていた。そこへ敵が現れたが、敵を感得できたのは余が一族だけだった。それゆえ他の二つの部族は敵の策略によって互いに争うようになり、余は敵の存在を説き二つの部族を調停したが失敗した。やがて国を滅亡させるほどの戦争が起き、余はやむなく余が一族と余に従う二つの部族の生き残りを連れて脱出した。
  余はこの地に移り人間としての寿命を迎えたが、そのまま寂滅するわけにはいかなかった。敵の気配があったからだ。敵の倒し方、敵を倒す武器、そして敵の存在そのものを後世に伝えなければならない。ところが余が一族には文明を保持する能力が無かった。他の二つの部族に技術や生産を頼り、彼らを守護することで生きてきたからだ。余と共にこの地に逃れてきた者たちが死滅したならば、敵の存在はともかく敵を倒す武器などは作れなくなる。余は命ある限り各地にシェルターを作り、武器と食料を作らせた。
  だが、記憶の継承の問題は解決できなかった。そこで余は余と共にこの地に逃れきた足長王、面長王の一族と図り、余自身を永遠にこの地に残すことにしたのだ。これは余以外の者ではだめだ。王国の崩壊を知り、敵と直接に渡り合った者であることが必要であり、かつでき得る限り多くの情報を握っているものでなければならない。よって、余が寿命の尽き果てる前に余はここに余のすべてを残したのだ。」
「そのあんたがここにいるのに、なぜ阿蘇部族は一度滅んだ?」
「それは今言ったとおり、余が一族に文明を保持する能力がなかったからだ。この司令部は余がこの地における王都の一部に過ぎない。一万年以上の時を重ね、余が一族は余が言葉を理解できなくなった。文明は退廃し、受け継いだ遺産を使用することもできなくなって、周囲の原始的な連中と同じような生活にまで落ちぶれていった。そもそも余が一族は戦闘民族なのだ。
DNAに保持できる情報は種の保存に必要なもののほか、自らの出自と戦闘能力に関するものだけだ。そして、あの事故が起こった。」
「事故?」
「王都の中央にあったエネルギー供給基地が暴走した。反重力物質を使った施設の制御が困難となり、王都のすべてが空中数百メートルに放り上げられ、次の瞬間落下した。多くの瓦礫や土砂が一点に集中するように落下し、山になった。それが阿蘇部山、今の岩木山だ。王都にいたものはすべて死滅し、阿蘇部族は一気に数を減らして事実上滅亡した。」
「それほどの事故ならあんたはなぜ助かった。」
「地下にいたからだ。地下施設は被害がなかった。だが、無傷とは言えない。余の存在はこの事故により余が一族から忘れ去られることになった。」
  一は隅田伍長と顔を見合わせた。フェイス・マスクに隠れていて表情は互いに分からないが、無言のままで同じ気持ちだと感じた。入口の鈍い音はもう止まっている。
「そんな与太話…」
一が言うと、王が間髪いれずに答えた。
「与太話だというなら、敵の存在をどう説明する。敵を倒す方法を誰から習った?その道具を誰から得た?与太話ではない。余が言うを聞け。余は王都滅失後もこの地にあって余が一族を守護しつづけた。時には余とコミュニケーションできる能力のある者が現れ、余はその者を通じて余が一族の結束を保った。長い長い間、余が一族は野張りを余儀なくされ血も薄れていったが、この五十年ほどは傑出した者が多くなった。
  しかし、それは敵の出現が多くなったことと関係していたように思う。この五十年、敵も頻々とこの星のあちこちに出没するようになっていた。余は余が一族に敵との戦争に備えさせた。だが、余とのコミュニケーションが不可能なことが準備を遅らせた。余が言葉を完全に感得する能力を持っていたのは左右田一人で、左右田は翻訳ソフトウェアが完成する前に死んでしまった。だから敵の攻撃を防げなかったのだ。」
「もういい、もうたくさんだ。そんなことをいくら聞いたところでもう手遅れだ。」
「聞け、手遅れではない。王都の地下施設は残っている。敵は電磁波に敏感な体質を克服できずにいる。あそこは敵の動きを止める電磁波が張ってあるのだ。食料も百
年分ほどある。」
「いまさら、何を言いやがるっ!」
一は怒りにまかせて怒鳴った。
「何人の人間が貴様の命令で死んだと思う?戦うことに疑問を感じて、生き残ろうとした奴らもいたんだぞ。それを貴様が殺させた。人間が大事だというなら、なぜ殺し合いをさせた。敵が扇動しているというなら敵を殺せばそれで済んだはずだ。敵と戦えばそれで済んだはずだ。」
「人間というのは愚かなものだ。目に見えないものの存在を信じることはできない。敵を感得できる余が一族を除いて余が言うを聞くものはないし、敵を感得できない者たちは敵に操られて余が一族を殺しにくる。敵の手先を倒さねば余が一族が殺される。敵の思う壺だろう。」
「仲間内でも殺し合いになったぞ。貴様の命令でだ。」
「余が一族であっても敵を過小評価する者が多かった。敵が戦い方を知らないからだ。だが、彼奴らは自ら戦わないだけで他を戦わせる術に秀でている。愚かなことに余が一族でもそれにかかる者たちが続出した。それに戦後は余が一族以外も部下にしていかざるを得なかった。」
「敵、敵、敵、なんでも敵のせいか?何も知らされずに一人きりで世界が死滅していくのを見ているしかない。そんな状況でただ生きていたんだぞ。心を塗りつぶされて死んでいった者たちもいる。敵なんか問題じゃない、つらかったのは時間だ。絶望の中で続く時間だ。貴様が何も知らせずに放置したシェルターの中で、未来のない時間と戦っているしかなかった。その時間から逃れるために仲間に銃を向けて死んでいったんだ。」
「愚かな。お前たちは何のために生まれてくる?生まれてきたところでわずかな時間を過ごせば死んでしまう。その間にお前たちは何をするというのだ。子を成すだけだ。お前たちが
DNAに持っているわずかな記憶を伝えるだけだ。それがお前たちが生まれる意義なのだ。お前たちは死んでもDNAに保持された記憶は生き残り、それを永遠に伝えていかなければならない。よって、お前たちに任務を与えるのだ。」
「クソでも喰らうがいい。」
「聞け。お前たちがいくら理屈をこねたところでお前たちは生物としてのシステムからは逃れられない。お前たちの意思とはちがうところでお前たちの使命は決まっているのだ。お前たちは記憶を伝えなければならない。お前たちが
DNAに持っている記憶は余には伝えられない。余が存在、余が記憶とは意義が違うのだ。余が記憶とお前たちのDNAの記憶と、両方が揃っていてはじめて人類は人類たり得る。それができるのはもはやお前たちしかいないのだ。」
そこまで言うと大スクリーンの下の扉が開き始め、扉が開ききるまで王は言葉を切った。扉の向こうには
APCが一台駐っていた。
「行け、王都へ。それがお前たちの使命だ。人類の記憶を伝えるのだ。」
  一は隅田伍長と顔を見合わせた。伍長は何も言わずに一を見返した。一はコントロール・ユニットの下のパネルを外した。現代のサーバーがあり、配線がユニットの上に出ていてディスプレーに繋がっている。
「何をする気だ?」
一は手榴弾を握った。
「余を殺す気か?そんなもので余は殺せないぞ。」
「殺すんじゃない。いつまでも一人で考えつづけているがいい。だが命令するのはもう終わりだ。」
「愚かなことを。お前たちの
DNAの記憶だけでは人類は人類ではない。文明を失い、退歩の末、獣に落ちぶれる。余が記憶をお前たちが共有してはじめて人類の存続が可能なのだ。」
「俺たちはあんたが望むような
DNAの入れ物じゃないんだ。気の毒だが、人選を間違えたな。」
一は隅田伍長に手榴弾を示して、顎をしゃくり
APCに行くように指示した。伍長は駆け出した。
「待て、曹長。これからさき王都に行っても余が命令に従う必要がある。そうでなければお前たちは生き残れない。お前たちはどうしても生き残って人類の遺産を…」
「あばよ。」
そう言うと一は現代のサーバーが置かれているユニットの下に手榴弾を放りこんで、
APCに向かって駆け出した。
  上部が吹き飛び煙を上げている司令官のコントロール・ユニットを一は振り返って見ていた。目的は達した、司令官にはツラは無い。なのに俺はまだ死ねずにいる。一は目をつぶった。そして鉄兜とフェイス・マスクを外すとその場に座り込んだ。榎本少尉が一を笑っている。
『だから、俺と一緒にここに残れと言ったろうが。』
一が殺した米兵や、軍の兵士たち、そして永沢大尉や、敷島中尉、容子までもが一を笑っている。
『生き残った報いよ、それが。生きていて良かった?』
  「これからどうするのですか?」
すべての意志を失いそうになっていた一は、隅田伍長の問いにふと顔を上げた。伍長は一の横でうなだれて立っていた。一は振りかえって
APCを見た。APCが駐められていたのは荒削りのトンネルのはずれだった。APCが駐められているところの上にだけ照明が点けられており、トンネルの先は闇の彼方に消えていた。一はうなだれている隅田伍長を見上げて言った。
「まだ続けるか?」
伍長は小さな声で答えた。
「曹長殿に従います。」
一は大きくため息をついて、藤岡中尉から受け取った電子キーを取り出した。電子キーと中央制御室の司令官のコントロール・ユニットを見較べる。
「義理か…。」
舌打ちして一は立ち上がった。人工頭脳の作戦に従うのは腹立たしいが、藤岡中尉も中村軍曹もそのために命を賭けたのだ。一にはそれを無にすることはできなかった。もともと一は容子に対する償いのために軍に志願したのだ。亡くなった者に対する義理から逃れられない。
  一は先に立ってAPCに近づき、運転席のドア・ユニットにAFCR-9796の暗証と自分のIDを入力した。ロックが外れ、一はドアを開けた。APCは普通のものと構造が異なり、運転席と兵員席の間に壁があり開き戸がついていて、戸は閉まっていた。一は運転席の中を一通り覗いてみてから乗り込んだ。隅田伍長も続いて乗り込む。一は電子キーを運転席のカードリーダーに差込み、IDと暗証番号を入力した。ディスプレーにウェイィング表示が表れ、しばらくしてProjectの文字が浮かんでAPCの自己点検モードが立ち上がった。一は伍長を振り返った。伍長も今は鉄兜とフェイス・マスクを外しているが、相変わらず隣の席でうなだれている。
「まず、お宝を拝もうぜ。」
「…?」
一はちらりと兵員席と運転席を隔てる戸に視線を送った。
「人類の遺産とやらさ。」
伍長も戸の方にちょっと視線を送って、頷いた。二人は兵員席との境にある戸の前に立ったが、しばらく顔を見合わせて開けることができなかった。考えてみれば、この遺産のためにここ数日間は命がけで戦ってきたわけだ。それを見るのは少し怖い気もした。
「開けるぜ。」
一は肩を竦めてそう言うと、戸の開閉ボタンを押した。戸は横方向に開き、中を見た一は絶句した。
  兵員席は通常のつくりとは違い、進行方向に向かってシートがつけられていた。左右に二つづつ二列並んでおり、後ろの方には食料や水、補給用の燃料が積まれている。そしてそのシートには
十歳ぐらいの子供が八人、男の子が四人、女の子が四人座っていた。八人とも身じろぎもせず、一言もしゃべらず、呆然として自分たちを見ている一と隅田伍長を見返している。
「ああ…」
一の口から思わず声が漏れた。しかし、子供たちは何の反応も示さず、ただ目を見開いて一の目を見返していた。その顔は何の感情も、何の抑揚も表していない。
  一はゆっくりと振り返り、よろよろと運転席に戻った。身体を放り投げるように座り、視線をキーボードの上に落とした。まったく予想だにしなかったことだったので、しばらく何の考えも浮かばなかった。
「これから、どうするのですか?」
右の席に戻ってきた隅田伍長がまた同じことを尋ねた。やさしい声だった。一は兵員席の子供たちを振り返った。子供たちの顔は一に対して何の表情も、敵意でさえも表していなかった。この破壊し尽くされた世界で、彼らは一と同じ情景を見つづけてきたに違いない。それは彼らにとって想像を絶する地獄であったはず。感情を破壊し尽くされ、生きることも死ぬことも見失った子供たち。そして、人殺しの男と女。この
十人が人類の最後の希望なのである。一は子供たちを無言で見詰めながら、自分の胸が呼吸につれて上下するのを感じた。そう、生きている、確かに生きている。一は顔を引き締め、改めて確かな生命に輝く子供たちの瞳を見返した。
「生き残るさ。」
子供たちの方を向いたまま、一は隅田伍長に答えた。それから振り返って
APCのエンジンを起動し、付け加えた。
「どんなことをしてもな。」
  エンジンが起動すると
APCのヘッドライトがトンネルを照らした。だが、光は闇に吸い取られトンネルの先は見えなかった。

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注1)この物語はすべてフィクションであり、実在の人物、団体、建造物、国家、地域とは一切関係ありません。

注2)本文中の会話はすべて標準語に翻訳してあります。