ファイナル・コンタクト

第6章

 

 二人が戻って中尉に成功を報告すると、中尉は二人をねぎらう間もなくすぐに出発を命じた。
「新手は来ましたか?」
一の問いに中尉は首を振った。
「近くには感じないが、油断はできない。先を急ごう。いや、待て。」
中尉は少し考えてから軍曹に命じた。
「軍曹、中三の前を通ってくれ。先の
APCがどうなったか見ておこう。」
「気が変わったんですか?」
「ああ、そうだ。二輪に乗っていたのが敵だったとすれば、敵が
APCをどう扱っているか確かめておきたい。」
中尉の言う通りだった。敵が軍の
APCを使って攻撃して来るとなると、かなり厄介なことになる。
  軍曹は病院の中を破壊しながら正面に出て、一旦遠回りし新土手通りに入った。中三の前までほぼ真っ直ぐに見通すことができ、APCが放置されているのが見える。重なって見えるが、どうやら二台ともあるようだ。
「どうします?」
「行ってみよう。」
近づいてみると
APCはほぼ縦列で道路の真中に放置されていた。中尉はゆっくりとその脇を通りぬけさせた。人のいる気配はない。
「遺産を積んでるんでないですか?」
「分からん。積んでいたとしても、我々には直接関係ない。」
一の問いに対して中尉はそう答えて、軍曹に命じた。
「司令部へ向かってくれ、全速力だ。」
しかし、中村軍曹は放置された
APCの脇を通りすぎると、APCを止めてしまった。そしてフロントスクリーンを指差した。
  APCの行く手に軍の甲冑を着けた三人の兵士が立ちはだかっていた。三人ともロケット・ランチャーを構えている。三人の兵士は同時に発砲した。しかし、砲弾は対人触発弾らしく、APCは大音響を発し振動しただけであまり損害を受けなかった。三人は計ったように同じ間隔で三回発砲すると、まったく同じ動作で、同時にランチャーに砲弾を装填し始めた。一たちは唖然としてモニターを見ていた。三人の兵士はそれぞれどこか身体が欠けていたのだ。真中のは頭が無く、右は左腕が無い。左にいたっては右足の膝から下が無いにもかかわらず、何事も無いように左足一本で真っ直ぐ立ってロケット・ランチャーを発砲していた。
  三人が一斉にランチャーを構えたとき、一が36ミリ砲で撃ち飛ばした。一は撃ち終わるや運転席のドアを開け、中尉が止める間もなくレーザー銃を抜いて外に飛び出した。超音波発信機のスイッチを入れながらAPCの前に走り出る。しかし、そこにはもう敵の気配は無かった。すごすごと戻ってきた一に中尉が言った。
「逃げるようになったな。」
一は無言で左席に体を放り出した。中尉が続けた。
「直接攻撃して、逃げる。だが、武器については詳しくないようだ。」
「戦い方を知らねぇんでしょう。」
「戦えないのかもしれない。」
一は誰にともなく言った。直接戦うことができないから、暴徒がいる間は暴徒を使い、いなくなると軍に内輪もめを起こさせ、それもできなくなると空の甲冑を使い始めた。そう、思えた。
「とにかく、早くここを出よう。司令部へ向かう。」
藤岡中尉に促されて、中村軍曹は
APCを進発させた。
  APCは岩木町に入っていた。その間四人は一言も口を利かなかった。弘前で二台のAPCに何があったかは分かったが、状況は想像以上に悪くなっていた。今まで敵が直接攻撃してきたことはなかったし、また逃げることもなかった。もっとも、正確には直接攻撃してきたとは言えなかった。攻撃してきたのは空の甲冑である。軍の甲冑を相手にするには機関砲かロケット・ランチャー、最低でも手榴弾が必要であるが、中身が空であるから爆風で吹き飛ばされても平気で起きあがってくる可能性もある。そんなのを相手にしていたのでは命がいくつあっても足りない。
  その上、目の前に現れた岩木山の裾野が色とりどりに毒々しく染め上げられているのが四人の気をいっそう滅入らせた。例の植物が多いところには敵が現れることが多い。
「こりゃあ、司令部ももうやられちまってるんじゃあないか。」
「いや。」
久々に発した中村軍曹の間延びした言葉に、藤岡中尉がキーボードを叩きなら答えた。
「まだ司令部は生きている。」
「へえ、何て言ってます。」
「作戦を続行せよ。」
「はははははははっ、相変わらず笑わせやがる。」
中村軍曹は岩木山神社へ向かう道の途中から道をはずれ、
APCの轍ができている枯木林に乗り入れた。司令部の入り口はその奥にある。ずっと轍にはまらないように車輪を避けて進んでいたが、枯れ木をよけるため轍に入った。

  ひっくり返ったAPCの中で一は身を捩って何とか四つん這いになった。一瞬のことで何が起きたか咄嗟に分からなかったが、どうやら強力な地雷を踏んだらしい。見まわすと中村軍曹と藤岡中尉が同じようにもがきながら起きあがりかけていた。一は兵員席の方に這って行き、隅田伍長を引っ張り起こした。
「みんな怪我はないか?」
四人は顔を見合わせたが、どうやら大丈夫らしい。
「畜生、味なマネしやがる。」
「油断したな、軍曹。伍長、ランチャーはいくつある?」
隅田伍長は今は頭の上にある兵員席の下の銃架を開けた。途端にばらばらと砲弾が降り、伍長はそれを避け中を覗いて報告した。
「二挺あります。砲弾は…
十二発です。」
「曹長、レーダーは生きてるか。」
一はさかさまのモニターを覗き込んだが、エラーメッセージが出ている。
「ダメです。アンテナが折れたようです。モーション・トラッカーも消えてます。」
「手榴弾は?」
「二セットあります。」
一セット六個組の手榴弾を二つ銃架から引っ張り出した隅田伍長が答えた。
「よし、出よう。司令部の入り口まで一キロほどだ。軍曹、先頭を切れ。」
中村軍曹は肩をすくめて隅田伍長に手を差し伸べた。伍長はランチャーと砲弾を渡す。
  一と藤岡中尉が二人で力任せに運転席のドアを開けると、中村軍曹と隅田伍長が両側から何度も瞬間的に顔を覗かせて辺りを覗う。やがて顔を見合わせて頷き合うと、伍長は下がり中村軍曹がランチャーを構えて外へ出た。片膝立ちのままランチャーを構えて周囲を見回していた軍曹は、入り口から身体を寄せて振り返り中尉に左手で合図した。藤岡中尉がランチャーを掴んで外へ出ようとした。その時、対人触発弾特有の飛行音を聞いた中村軍曹は、振り向きざまようやく外に出たばかりの中尉を力任せに突き飛ばした。対人触発弾は軍曹の足元に着弾し、入り口にいた一は爆風と泥を受けて後に吹っ飛ばされた。
「曹長殿っ!」
  隅田伍長が一を抱き起こした。第二弾がAPCに当り大音響が響き渡る。隅田伍長はふらつく頭を振りながら朦朧としている一を引き摺るようにして兵員席の方へ退避した。すぐに第三弾がドアから中に飛び込んできて爆発した。兵員席に伏せたまま頭を抱えていた一と伍長は猛烈な衝撃に竦んだが、甲冑を着けていたので被害は無かった。幸いなことに手榴弾や燃料の水素は誘爆しなかったが、これでは雪隠詰で手も足も出ない。だが、第四弾はAPCの後部に着弾し、さらに遠くで爆発音がしたと思うと、あたりは急に静寂に包まれた。
「曹長、奴は倒した。今のうち出て来い!」
藤岡中尉が無線で叫んだ。
「曹長殿は被弾を…。」
「なにっ。」
「俺は大丈夫です。行くぞ、伍長。」
一は自動小銃と手榴弾を拾うと、ふらつきながらも中腰でドアから外に出た。
APCの前の方に中村軍曹が倒れていた。
「中尉殿、軍曹が倒れています。」
「どこだ?」
APCの前の方です。」
「分かった。」
一が中村軍曹を抱き起こすと、隅田伍長は軍曹が持っていたランチャーを拾って辺りを警戒する。藤岡中尉も
APCの陰を周って駈けつけた。
「おい、中村、しっかりしろ。なんてザマだ。」
フェイス・マスクをはずし頬を叩きながら一が言うと、軍曹は目を開いてかすれた声で言った。
「悪いな、一緒にゃ行けなくなっちまった。」
軍曹の視線の先には不自然な方向に曲がった自分の右足があった。口の端から血も流れている。
「動かせるか?
APCの陰まで。」
中尉の問いかけに、一は軍曹の右腕を自分の肩に回した。中尉が左手を掴む。二人がかりで軍曹を立たせ、苦痛にうなる軍曹を無理矢理
APCの陰に連れて行った。地面に下ろされた軍曹はそこでかなりの血を吐いた。一は右足の甲冑を外しにかかる。中尉は自分もフェイス・マスクを外して中村軍曹の顔を覗きこんだ。
「軍曹、しっかりしろ。足が折れただけじゃないか。」
「へっ、足が無くても立ってられる奴もいましたね、うっ、ぐっ。」
軍曹は咳き込み、口から血の泡が飛ぶ。一が甲冑を外した軍曹の右足を掴んで言った。
「中村いいか、やるぞ。舌を噛むなよ。」
「曹長…。」
一が見上げると藤岡中尉は目を伏せて首を横に振った。
「しかし…」
「敵襲!」
辺りを警戒していた隅田伍長がランチャーを撃ち始めた。中尉がホルスターから9
mmを抜くのを見て、中村軍曹が言った。
「もう踊れねぇけど、まだ戦えますぜ、中尉。一、手榴弾を置いてってくれ。後ろから来る奴がいたら食いとめてやる。」
一は手榴弾を一つづつ軍曹の右手と左手に握らせた。
「前方の敵は倒しました。」
隅田伍長が叫ぶ。
「行こう、曹長。」
中尉は一にそう言うと、フェイス・マスクを着けた。一はゆっくりと立ちあがり、中尉と二人で中村軍曹に敬礼した。一が駆け出そうとすると軍曹が呼び止めた。
「おい、一。怒るなよ。怒ると負けるぜ。」
一は振り返り、指鉄砲で中村軍曹の渋い笑顔を撃つと中尉の後を追って走り出した。
  APCがひっくり返った場所はすり鉢の底のようなところで、周囲から自在に狙い撃ちされる位置にあった。
「最短距離を走り抜けよう。まず谷底から上がることだ。」
三人は真っ直ぐ司令部のある方向に向かって坂を駆け上った。半分ほど登ったところで後から砲撃が始まり、ジグザグに走らざるを得なくなった。そして、前にも敵が現れた。三人は途中の岩の陰に飛びこみ前の敵に対して盾にすると、まず中尉が後の敵にランチャーを撃った。岩陰から伍長が前の敵を撃つ。後の敵は数が増え始め、着弾もだんだん近づいてくる。
「前方のは片付けました。残弾ありません。」
「よし、前進。」
三人は再びジグザグに坂を駆け上った。頂上に到達したとき、後で手榴弾の爆発音がした。一は伍長に自動小銃を押し付けると、中尉に言った。
「少し片付けてから追いつきます。」
「殿か?必要あるまい、危ないぞ。」
だが、一は立ち止まると手榴弾を掴んで戻り始めた。
「おい、『はじめの一』じゃなかったのか。」
一は中尉の問いには答えず隅田伍長に叫んだ。
「中尉殿をお守りしろ。」
  坂の頂上まで戻った一が下を見ると五人が坂を登ってくる。申し訳のように足を動かしているが、その動きはマリオネットのようで、足は地面についていないようだった。かなりのスピードで登りながら、上を見上げて一に向けてランチャーを構えている。一は手榴弾を放ると、背を向けて地面に伏せた。手榴弾の爆発音は一の頭を飛び越して少し前方に着弾した五発の対人触発弾の音に消されて聞こえなかった。一は泥の破片を浴びながら立ちあがり、もう一度下を覗いた。三人残っており登ってくる。もう一発放るとまた背を向けて地面に伏せたが、今度は敵の着弾はなく手榴弾の爆発音が聞こえた。一は三発目を握って下を覗いたが、そこここに甲冑が散乱しているだけだった。一は谷底のAPCにちょっと視線を投げたが、中村軍曹への敬礼は心の中でして中尉たちの後を追った。

 

つづく

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注1)この物語はすべてフィクションであり、実在の人物、団体、建造物、地域とは一切関係ありません。
注2)本文中の会話はすべて標準語に翻訳してあります。