ピノキオたちの反乱

第4章

  和雄がS市に入ったのは翌々日だった。近隣にある観光地の旅館に宿泊して通うことにした。S駅で電車を下りると、目の粗い毛糸の帽子を目深にかぶって目指すT銀行S支店の周りを歩き回った。ニ回目に通りかかったとき、和雄は探していたものを見つけた。店舗外ATMの案内である。ATMコーナーの中には入らず外から数えてみると、市内に三つある。和雄は満足の笑みを浮かべてその場を離れた。続いて想定している逃走コースを歩いてみる。狭い対面交通の道路を南下して、新聞社の角を西に曲がる。やがて道路は道なりに西北西に向かい、三叉路にぶつかった。これを右に行って少し北上し三つ目の交叉点を右折して東に向かえば、県警本部と中央署の間を抜けてT銀行S支店よりも東に出ることができる。東に向かう途中大きな交叉点にぶつかるが、ここで信号待ちしながら県警本部から急行するパトカーを見物するようなタイミングになれば最高だ。歩くとかなりの時間がかかるが、渋滞にかからなければ車なら十分少々でいくだろう。
  和雄はそのまま東に歩きつづけ、線路までの間をほっつき歩いて適当な廃屋がないか探したが、見つけることはできなかった。ルートは歩いてみた限りでは完璧だと思う。車を使っての実験は寺田が合流してからだが、Nシステムもなく問題は無いはずだ。だが、肝心のお宝を分ける場所が無い。和雄は疲れ切って宿へ帰ると、すぐに寝てしまった。まだ時間的には余裕があった。
  結局その後二日かかって和雄は格好の場所に廃工場を見つけた。夜に入ってからこっそり忍びこんでみたが、中は既にもぬけの殻でゴミや小さなガラクタが散乱しているだけだった。機械類は債権者が持っていってしまったのだろう。ここでこそこそと物音を立てると怪しまれるが、堂々と入り込めば大丈夫だ。ついに買い手がついたか、ぐらいにしか思われない。後でそのことが警察に聞こえても、アシが付く前に遁ズラしている。ただ、お宝がどういう状態かによって少し問題が生じるかもしれない。鍵のかかったジュラルミンケースに入っていて、かつ鍵がないという状況なら開けるのに大きな音をたてることになる。そうなるとこじ開ける現場を覗かれる可能性が高い。道具の用意もいる。
  廃工場から出たところで、和雄は着メロが鳴ってぎくりとした。辺りを見まわしたが幸い誰もいないようだ。
「はい。」
「和雄か?」
「何だ、おどかすな。十分後に掛け直してくれ。」
「分かった。」
かっきり十分後、表通りに出たところで再び着信した。
「どうしたんだ?」
「いや、何でもない。そっちはどうだ?」
「どちらも
OKだ。」
「どちらも?」
「道具も人も。」
「そうか。」
「で、どうすればいい?」
「S市に来てくれ。
S駅の新幹線改札口で落ち合おう。いつ来れる?」
「すぐに。」
「なら、明日の午後、そうだな二時でどうだ?」
「分かった。」
「二週間ぐらいかかるからそのつもりでな。ああ、そうだ、車で来てくれ。」
「車?道具はいるか?」
「いらない。が、置いてる場所は大丈夫か。」
「任せてくれ。じゃあ、明日。」
  翌日和雄は宿を引き払い、S市の長期滞在型ビジネスホテルにシングルを二つ、二週間確保した。新幹線改札口で寺田と落ち合うと車でルートを走ってみることにした。運転は寺田に任せ、自分はデジタルビデオを構える。
「歩いてみたんだが、Nシステムは無かった。他に何かないか確認するのと、時間も測りたい。」
「ああ。飛ばすか?」
「いや、ゆっくりやってくれ。」
和雄は後部座席から液晶を見ながらさりげなくフロントグラス越しの風景を撮る。時間は思った通り十三分ほどだった。
「もう一周してくれ。」
今度は左側の歩道を撮りながら時間を測る。やはり十三分十二秒だった。
  二人は車をT銀行S支店の筋向いにある地方銀行の支店の前に停め、様子を覗った。
「ずいぶん路駐が多いな。」
「公徳心の無い奴らだ、怪しからんなあ。」
「言えた義理かよ。」
「馬鹿言え、ゴールド免許だぞ。優良ドライバーだ、ズラかる時も安全運転さ。」
「お前が運転するんじゃない。」
「出てきたときに車に手錠が嵌められてたらどうする?お間違えですお巡りさん、車じゃなくて俺にかけて下さいってか?」
「ははは。」
寺田はいつになく饒舌だったが、緊張の裏返しだと和雄は思った。適当に合わせながら別のことを考えていた。この分では支店の正面を確保するために、車だけ早めに駐めさせておく必要がありそうだ。ビルとビルの間に細い路地があって、そこを入っていくと通用口がある。駐車場はビルに組み込まれた機械式立体駐車場で、守衛が一人常駐している。そこから中に入れるが、行員しか入れない建前になっているはずだ。ただ、出るときは客にも使わせていることだろう。来店客は
ATMコーナーに行く者が多い。
  見ているうちに地味なワゴンがやって来て駐車場に入った。二人のスーツ姿の男が降り、運転してきた男がワゴンの後に立って警戒し、助手席の男が守衛に何か言って駐車場から店内に入った。守衛も立ち上がってワゴンを警戒する男の脇に並んだ。やがてドアが開いてさっき中に入った男とワイシャツ姿の男が出てきた。二人はワゴンのハッチドアを開けて大きなジュラルミンのケースを出し、中に運び込んだ。その間、ワゴンから降りたもう一人と守衛は立って警戒を続ける。ジュラルミンケースを持った二人が中に入ると、守衛がもとの位置に戻り、もう一人は運転席に乗りこんで真っ直ぐ駐車場の奥に車を入れた。男はワゴンを降りて守衛に何か言って店内に入ると、守衛は操作盤を操作してワゴンを格納した。
  「引き上げようぜ。」
和雄は微笑を浮かべながら寺田に言った。

  その日ホテルに帰った二人は部屋には入らず、ホテルの駐車場に駐めた車の中で仕事の相談をした。
「で、道具は?」
「チャカが二丁、弾百発。散弾はポンプが一丁、元折式のが一丁で、弾はそれぞれ三十発だ。」
「元折のほうは銃身を曳き切っておいてくれ。」
「なんで?」
「お前が使うんだ。当てる自信があるか?」
「ない。」
「ならそうしろ。」
「撃つ必要がありそうか?」
「なるだけそうなって欲しくない。」
「ああ。」
「撃つときはズラかる時だ。それも多分失敗してな。基本的には脅しの道具だが、どうにもならなくなったとき当らないと余計ヤバくなる。」
「チャカは?」
「それこそ脅しの道具だよ。撃っても当らない。当てるつもりで撃つなら散弾の方だ。もう一人の方は?」
「ダチの知り合いでハワイにいたらしい。帰ってきて横須賀で傷害でパクられた。刑は六ヵ月だったそうだ。出てきて仕事を探してた。」
「前があるのか。」
「うん。外でも何かヤバいことしてたらしい。」
「気にいらねぇな。」
「他には見つけれなかった。」
「もうそいつにナシはつけたのか?」
「詳しいことは言ってない。」
「…」
「タタキをやるから乗らないかって、だけ。」
和雄は渋い表情で黙り込んだ。この辺りが駆け出しの弱いところなのだ。信頼のおける仲間が少なく、人を集められない。
「どんな感じの奴だ?」
「見るからにワルだ。でも俺みたいなハッタリじゃない。本物のワルだ。お前といい勝負だよ。」
「妙な誉め方だな。」
和雄はまた黙った。本物のワルを従わせることができるだろうか?
「裏切るようなタイプじゃないが、とにかく金を欲しがってる。ちゃんと仕事をやる男と見たが。」
和雄は笑った。
「お前、分かるのかよ。ビジネスじゃねぇんだぜ。まあ、いい。信用できない奴と組むのは最初から覚悟の上だからな。」
寺田は口をへの字に結んで頷いた。
「明日は早く出て、あそこの行員のメンを見ておこう。歩きで行って、その後は一日中ぶらついたり向かいの店や通りから観察する。」
「何を見ればいい?」
「仕事のリズムだ。今日ワゴンが来ただろう、あれが目指すお宝だ。もう少し観察しないと分からないが、来る日は同じ時間に来るはずだ。」
「来ない日もあるのか。」
「あり得る。」
「じゃあ空振りってことも…。」
「その心配は要らない。必ず来る日があるんだ。」
「いつ?」
「五月二日。あそこは
ATMを二十四時間、三百六十五日開ける事にしたんだそうだ。その分の用意が要る。」
ATMなら入金もあるだろう。それって回転するんじゃないのか?」
和雄は軽く笑いながら答えた。
「回転するが、ぜんぜん足りないんだ。
ATMは必ず大幅な支払い超過になる。今年は三日から七日まで銀行は五連休だ。間違いなく途中で補充が要る。下手すれば二回な。補充業務自体はアウトソーシングで警備会社がやるが、金は銀行が用意しなければならない。ここの支店は間違いなく現金は日銀から持ってきてる。日銀も五連休だ。だからその分は二日に日銀から受け取ってしまわないといけない。」
「どのくらいの金額になりそうだ?」
「店舗外、つまりショッピング・モールとかにあるのが三つ、店内に四つ。通常一台あたり旧式の機械でも万券で千五百万は入るから、一億と五百万。補充が一回しか無いとしても二億一千万。」
「ちょっと待て、補充が一回なら一億五百万じゃないのか?」
「二日に一回入れて、そのほかに補充が一回だ。それから店内にテラーズマシン、つまり窓口の機械が五台あるから、これに一台あたり、そうさな、まず四百万、それから出納の手元に五千万。しめて二億…八千万か。」
「それで全部か?あれだけでかい銀行で?」
「最低そのぐらいってことだが、おそらく大した間違いじゃない。銀行の支店には現金はないんだよ。銀行にとって現金を持ってるってことは損するってことだからな。」
ピンと来ていない寺田の表情を見て和雄は説明した。
「現金を現金のまま持ってると、明日になっても何も変わらない。他の銀行に普通預金を作って預けると一日分利息がつく。普通預金の利息なんて無いも同然だが、銀行が預けるんだからロットが違う。年間だと馬鹿にならない。」
「そうか。」
「もちろん普通預金なんて効率の悪いことを好んでやるわけじゃないが、県外支店の資金繰りをやるために利用することはある。日銀に入金するより安全だからな。」
「安全?」
「日銀に入金するのに千円札が一枚違っていたりすると、役員が謝りに行くことになる。ババを掴ませるなら商売敵につかませる方がいいし、それをやる部署の数を減らせば必然的に事故も少なくなる。」
「なるほど。」
「だから、五月二日に俺たちの出番なのさ。」

  その後二週間に渉って二人はT銀行S支店を観察した。二人揃って出かけたのは最初の二日だけで、以後は一人づつ歩いたり車だったり、また、服装もその都度少しづつ変えて出かけた。S支店は駐車場の守衛も含めて男性が二十人、うち守衛を除いて三人は退職者の再雇用と思われる年齢だった。女性は十二人いるが、正社員がどれだけかは正確には分からない。九時過ぎてから出勤する女性が三人いたので、この三人はパートだろう。支店は八階建てのビルの三階までを使っているが、店舗になっているのは一階だけだった。店舗の入口とATMコーナーの二箇所出入り口があり、ATMコーナーと店舗は仕切りもなく繋がっている。路地を入った通用口は銀行専用で、他にビル自体の入口があって上の階に行くにはここから入ることになる。機械式の立体駐車場は銀行専用のようだ。
  さらに和雄は支店に入ってみることにした。髪をかっきりと七三に撫でつけ、溝鼠色のスーツにネクタイ、大きめのガーゼのマスクと大げさな黒ぶちの眼鏡で顔を隠してATMコーナーに入った。店舗の方へは行かず、ATMコーナーから覗いて必要な情報を集める。店舗はL字型で典型的な構造だった。正面に向いて預金・為替のカウンターがあり窓口が五つあるが、その日は三つしか開けてなかった。おそらく繁忙日でも五つすべて開けることはないだろう。窓口カウンターの後が第二線で、そこの真中に男性が一人座っている。さらにその後に第三線があって、そこにも男性が一人いる。この二人が預金・為替の課長か係長である。女性たちが忙しく立ち働き、男性二人の席との間で書類がせわしなくやり取りされている。
  L字型の奥のほうは融資のカウンターで窓口は三つ、見えないが一番奥に木戸かなにかがあってそこから応接室に入る客を入れるはずである。店の奥、融資に近い方に大きな机が二つ並べて置いてあり、これが支店長と次長(または副支店長)の席である。二人とも不在だった。そのすぐ前に誰もいない机が並んでいるのは渉外課の席に違いない。見える限りのところには金庫室の扉がないので、金庫室や貸し金庫は他の階にあるのだろう。融資のカウンターの先に階段が見える。防犯カメラは二機、ATMコーナーに一機、各ATMに一機づつ。ただし、ATMコーナーからは死角になるところにもう二機か三機あるはずだ。
  二人の観察の結果から、この支店ではその日入用な現金は午前中一番に日銀から持って来て、一日に入ってきた現金は午後に向かいの地銀へ入金する。午後にも持ってきたのは金曜日だけで、おそらく銀行休業日のATM用だろう。かなり精緻な現金有高管理をしていると見ていい。また、見ている間には行員が店舗外のATMに現金を足しに行ったり、障害復旧に出向いたりすることはなかった。完全にアウトソースしているようだ。男性の行員はかなり出入りが激しく、日によってはかなりの数が店にいるときもあるが、また別の日には五人ぐらいしかいなくなるときもある。来店客はATMコーナーはそれなりに多いものの、預金・為替の窓口は閑散としている方が多く、融資のほうもさして多くない。出向いての商売が多いのだろう、支店長もいないことの方が多かった。退職者の再雇用とおぼしきロビーマンが一人いるが、年齢からして大して障害にならないだろう。守衛は駐車場にいるので店舗内で起こっている事に対しては蚊帳の外である。
  他にも例の廃工場や、逃走ルート、さらには中央署と県警本部などを何度も見て回り、あるいはホテルでビデオや写真を検討した。和雄は二週間ずっとS市にいたが、寺田は残りの二人に連絡をつけたり、あきこの機嫌を伺ったりするため二度東京に戻った。二度目に戻るときに和雄は道具をもってくるように指示した。
「二人に言ってくれ、集合は二十七日正午にS駅の7番口。それからばらばらに市内に潜伏して観察を続ける。プリペイド携帯を買ってくること。決行の日取りや計画の内容はまだ言うな。」
「分かった。」
「それからお前は道具を持ってすぐに戻ってくれ。北海道でちょっと練習しよう。」
「大丈夫か。」
「いい場所があるんだ。」

つづく

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注)この物語はすべてフィクションであり、実在の人物、団体、建造物、地域とは一切関係ありません。